イエスの純福音・無教会の精髄・第二の宗教改革へ
― まごころで聖書を読む。そして、混迷の時代を神への信頼と希望をもって、力強く前進する ―
We read the Bible with all our hearts. And we move forward powerfully in this era of turmoil with trust and hope in God.
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最終更新日:2024年12月7日
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キリストの十字架
* * * *
十字架は悔(く)いへのくさびである
罪ふかくして悔いを完(まっと)うし得(え)ぬ者へのめぐみである
何人(なんぴと)でも仰(あお)ぎさえすれば救わるるという約束である
キリストを見し者が信じたる福音(ふくいん)である
♢ ♢ ♢ ♢
(八木重吉『神を呼ぼう』新教出版社、1961年)
関連リンク Related Links
☆詩歌067十字架の道〖ヴィア・ドロローサ Via Dolorosa〗へ
音楽の祈り
■英語讃美
黒人霊歌 Were you there(君もそこにいたのか)(注1)
☆The Roger Wagner Chorale「 Were you there」YouTubeへ
☆「Were You There by Selah」(映像付き)YouTubeへ
☆Sandi Patty「Via Dolorosa(ビア・ドロローサ、悲しみの道)」YouTubeへ
■日本語讃美
☆新聖歌120番「十字架より叫び聞こゆ」YouTubeへ(注3)
注1 十字架の立つところ
聖書に学ぶ008溝口正〖最終的に十字架はどこに立てられるか〗注3へ
注2 歴史的事実としてのイエスの生涯と十字架
以下は、客観的・学術的な記述で知られる『詳説 世界史研究』(山川出版社、2017年)からの引用である。
「〔ローマ帝国支配下のユダヤ、ガリラヤ地方の町〕ナザレに生まれたイエス Jesus(紀元前7年頃/前4年頃~後30年頃)は〔、先駆者である洗礼者〕ヨハネの影響を受けて〔洗礼を受け、ヨハネの死後〕、後29年頃からガリラヤ地方で〔独自の宣教〕活動を始めた。
彼は〔エルサレム神殿の祭儀をつかさどり、その利益を独占した〕祭司や〔律法の外形的・形式的遵守(じゅんしゅ)の徹底を主張し、「不浄の民」を排除した〕パリサイ派の形式主義と堕落を批判し、神の愛は貧富〔、浄・不浄〕の区別なく万人におよぶ絶対的な愛であり、その愛を信じて隣人を愛し、おのれの敵のために祈れと説いた。
そして旧(ふる)い律法〔の遵守〕は〔、われらに自己の不完全と罪の自覚をもたらすのみで、誰にも〕救いをもたらさず、神の国は信じる人の心の中に到来するものであり、・・その実現は近づいた〔、イエスの到来と共に、《神の国》は始まっている〕と福音を宣(の)べた。
イエスは現実のローマ帝国による支配を肯定も否定もしなかったが、彼の説く福音は貧しい人々、悲しんでいる人々、病者、差別された人々の心を癒やし、女性や下層の民衆はイエスを救世主(メシア Messiah、ギリシア語でキリスト Christ)と信じて、彼の教えに従うようになった。
〔宗教指導層の〕祭司やパリサイ派はイエス〔の言動〕に警戒感を抱いたが、一方で民族主義者はイエスに政治的な指導〔による反ローマ武装蜂起〕を期待した。
イエスはやがてユダヤ教の中心地〔聖都〕エルサレムにはいったが、現世での救済〔を約束する政治的メシア〕をイエスに期待していた人々は〔、イエスの態度に〕失望し、祭司・パリサイ派〔によって構成された最高法院〕は、彼を〔死に追いやるべく、〕ローマに対する反逆者として属州ユダヤ〔のローマ〕総督ピラト(ポンティウス=ピラトゥス、任 26~36年)に訴えた。
ピラトは彼を許そうとしたが集まった群衆は承知せず、イエスはエルサレム郊外のゴルゴタの丘で十字架にかけられ処刑された(30年頃)。
しかしその後、弟子たちの間にイエスが復活し(復活信仰)、その十字架上の死は〔すべての〕人間の罪をあがなう〔ための〕行為であったとの〔贖罪〕信仰が生まれた。
この信仰を中心に〔して〕、〔歴史の終末における〕イエスの再臨(さいりん)と神の国の到来を待つ〔信徒の〕共同体がガリラヤやエルサレムにつくられ、ここに原始キリスト教〔会〕が成立した。」
(立教大学教授・木村靖二、お茶の水女子大教授・岸本美緒、東京大学名誉教授・小松久男編『詳説 世界史研究』山川出版社、2017年、62項より引用。〔 〕内、下線は補足)
注3 十字架の叫び
新聖歌120番「十字架より叫び聞こゆ」:クリックしてYouTubeへ
曲:フィンランド讃美歌
日本語歌詞:奥山正夫
歌 :菅原 早樹(さき)
ピアノ:岸本 むねなり
バイオリン:西村 えいこ
歌詞
1.
十字架より叫び聞こゆ、「彼らを赦し給(たま)え」と
神の御子(みこ)苦しみを受け、世の罪を負(お)い給(たも)う
ゲッセマネの暗き夜の その祈り君(きみ)知るや
ゴルゴタの丘の上の 苦しみは誰(た)がためぞ
2.
十字架より叫び聞こゆ、「すべての事(こと)了(お)わりぬ」と
神の御子血を流して、世の罪をきよめ給う
木の上に釘(くぎ)打たれし その痛み君知るや
ゴルゴタの丘の上の 苦しみは誰がためぞ
ゲッセマネの暗き夜の その祈り君知るや
ゴルゴタの丘の上の 苦しみは誰(た)がためぞ
現代語訳
〔十字架から叫びが聞こえる〕
1.
十字架から〔イエスの祈りの〕叫びが聞こえる、
「〔父よ、私を十字架に付ける〕彼ら〔の罪〕をお赦しください」と。
神の御子〔イエス〕は苦しみを受け、世の罪を〔背〕負われる。
ゲッセマネの〔園の〕暗き夜の 彼の祈りを君は知っているか。
ゴルゴタの丘の上の 苦しみは誰のためか。
2.
十字架から叫び〔声〕が聞こえる、「すべて完了(おわ)った」と。
神の御子は〔自ら〕血を流して、世の罪をきよめられる。
〔十字架の〕木の上に釘(くぎ)打たれた その痛みを君は知っているか。
ゴルゴタの丘の上の 苦しみは誰のためか。
ゲッセマネの暗き夜の その祈りを君は知っているか。
ゴルゴタの丘の上の 苦しみは誰のためか。
* * *
☆ ゴルゴタの丘の苦しみは、われらの(あたなの)ため。
罪無き《神の御子》イエスは、ゴルゴタの丘、十字架上で世の罪を一身に背負われた。
☆ 十字架上でイエスは絶叫された、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と(マルコ 15:34、詩編 22:2)。
彼は深き淵(ふち)の底にまで降(くだ)り、完全な孤独とこの上ない苦悶(くもん)、神無き死を嘗(な)め尽くされた。
その中にあってもイエスは、父なる神に向かって「わが神、わが神」と呼ぶことをやめなかった(☆詩歌064讃美歌〖まぶねの中に〗注3 キリストの十字架へ)。
☆ なぜ、イエスは《十字架の道》を選ばれたのか。
それは御子イエスがわれら《罪人》(つみびと)と同じ地平にまで降(お)り、われらの問題をすべてご自身の問題として引き受けうけるため。
そのことにより、真(まこと)の友としてわれらの傍(かたわ)らに立つため。
そして、われらをあらゆる孤独と苦悩、死と絶望から救い出し、すべてのものを父なる神のもとに立ち帰らせるため。
☆ またイエスは、十字架の苦しみの中から、文字通り生命(いのち)をかけて、われらの《罪の赦し》を神に祈ってくださった(ルカ 23:34)。
彼の祈りは聞き届けられ、われらのすべての罪は赦された。彼の聖(きよ)き血潮(ちしお)によって、われらのすべての罪は洗い浄(きよ)められた。
イエスの十字架により、神と人との間を遮(さえぎ)る最大の障壁(しょうへき)- 罪 -は、取り除かれた(注4)。
イエスは私の罪のために(pro me)死なれた。そして、救い主として私の《主》となられた。
われらは《赦された罪人*》として、幼子(おさなご)のごとく、父なる神の懐(ふところ)に飛び込むであろう(*M・ルター「罪人にして、同時に義人」)。
☆ そればかりか神は、十字架の真実のゆえに、イエスを不朽(ふきゅう)の生命(いのち)へと《復活》させた。
イエスは、十字架の贖罪愛(しょくざいあい)と御自身の命(復活の生命)をわれらに注ぎ(分け与え)、死すべきわれらを生かす。
そして復活のイエスは今、《聖霊》(せいれい)として常に、われらと共にいて、日々、われらを支え、護(まも)り、導く(注5)。
今やわれらの生は、神への感謝と報恩(ほうおん)の生となった。
注4 恩寵義認(ぎにん):イエスの恩寵(贖罪愛)による救い
人は、キリストの恩寵(おんちょう)-十字架の真実という圧倒的、絶対的な恵み-によって、救われる(神の前に義とされる)。
その恩寵を信じ、受け入れる信仰さえも、神の恵みとして人に与えられる。
そこから、全く新しい人生が始まる。
「人が〔神の前に〕義とされる(=救われる)のは、律法の行い(=自らの行いの正しさ、業績)によるのではなく、ただイエス・キリストの真実によるのだということを知って、私たちもキリスト・イエスを信じました。」
(ガラテヤ信徒への手紙 2:16 聖書協会共同訳。前田護郞訳『新約聖書』教文館、2009年参照。( )、〔 〕内、下線は補足)
注4 十字架を仰ぎつつ、イエスの御足の跡に従う
讃美歌第Ⅱ編182番「丘の上に十字架たつ」クリックしてYou Tubeへ
注5 支えとなる聖歌
注6 付論
無教会の無条件救済論と制度教会の条件付き救済論
☆ 人が救われるは、《十字架の真実(贖罪愛)》という神の側の絶対的な恩寵(おんちょう、恵み)のみによるのであって、人間の側の努力や修養(宗教的な功徳・功績、洗礼・聖餐等の礼典への参与を含む)としての「信仰」によるのではない(恩寵義認論)。
そして、《恩寵義認》は、洗礼・聖餐(礼典)にあずかることを救いの条件としない、無条件の救済論と深い所でつながっている。
無教会は明確に、《恩寵義認》にもとづく無条件救済論に立つ。
また、《恩寵義認》にもどづく無条件救済論は、《万人救済》を予想させる。
一方、制度教会(プロテスタント諸教会)の救済論は、事実上、礼典(サクラメント)への参与を救いの条件とする「条件付き」の救済論である。
無条件救済論と「条件付き」救済論とでは、それぞれの意味するもの、またもたらす結果は、天と地ほどに異なる。
神学・論文012サカマキ〖恩寵義認と無教会の無条件救済論〗へ