日々のかて007〖生き方の秘訣〗
●一日を神とともに始めよ
神の御前(みまえ)を歩むとき、私たちの生活と行動は大きく変わる。
なぜなら、そのとき、《天的なもの》がこの世の生活にもたらされるからであり、また《永遠の光》によって《時間の世界》を見るようになるからである。
そのとき、私たちはすべてのものを正しく見ることができるのである。
●陰口を言うな
他人の良い所よりも陰口(かげぐち)を言いふらすのが、世間の常である。
お茶を飲みながら他人の名誉を傷つけることを、唯一の楽しみとしている人々がいる。
充実した人生を生きるため、私たちは非生産的で無駄な時間の過ごし方は避けるべきである。
●キリストの良き証人、また伝道者となれ
キリスト教の唯一の広告は、キリスト者の生活ぶりである。生活はウソをつかない。
キリスト者は、キリストの良き証人、《世の光》として生きる努力をすべきである。
●神の言葉・聖書を学べ
行き先を調べずに、旅に出る人はいない。
聖書は、キリスト者がまことの生命(いのち)に至るための道案内である。
キリスト者は自分に向けて語られている神の言葉を見出すため、日々、聖書を学ばなければならない。
●成長し続けよ
「清め」や「清められる」という語は、信仰者としての成長を表す言葉である。そして、新約聖書で「清め」という日本語訳の原語は、ギリシャ語の「hagiasmos(ハギアスモス:αγιασμοs)」である。
-asmos(-アスモス)で終わるギリシャ語の名詞はすべて、「過程」を表している。したがって、「清め」は、「清さにいたる道(過程)」を意味している。
成長し続ける道(過程)を経ることによって初めて、人は目標に達することができるのである。
●心配するな
自分に何がどのような順序で起こってくるかは、摂理(神のご計画)にかかわる事柄であるから、神にお任せすべきである。 いつも心配ばかりしていると力を消耗してしまい、いざ事が起こった場合に、それに対処できなくなってしまう。
神は私たちがどのような事態に直面しても、それに対処できる力を与えることのできるお方である。だから、心配は無用である。
●毎日、決意を新たにせよ
私たちは何かを決意しても、すぐにそれを忘れがちである。決意するだけで、後はどうなってもよい、といった具合である。
私たちは、毎日決意を新たにすることによって、日々、人生から挑戦と叱責を受けるのであり、それによって進歩するのである。 イエスは、その力を私たちに与えてくださるであろう。
祈り 《主よ、新たな決意を持って、この一日を神とともに、また神の導きに委ねつつ、世の光として歩むことができるようお導きください。アーメン。》
(参考文献 D.Duncan: Through the Year with William Barclay Devotional readings for every day,1971)
♢ ♢ ♢ ♢
※閲覧上のご注意
(1)PC画面で、本文に信州聖書集会の黒帯が表示される場合は、上部メニュー(青帯)の「ホーム」→「日々のかて」の順にクリックして閲覧すると、黒帯の表示が消えます。
(2)スマートフォン画面では、現在、閲覧中のタイトル名をタッチすると、他のタイトル一覧が表示されます。